水の神様が棲まう島 竹生島・宝厳寺
聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりだそうです。
宝厳寺
竹生島
古くから神の棲む島とされており、現在でも無人島で寺社関係者や店舗従業員はいずれも島外から通っている。
竹生島神社
竹生島弁才天は相模の江島神社、安芸の厳島神社と並んで日本三大弁天のひとつに数えられています。竹生島神社の御祭神は市杵島比売命(弁財天)・宇賀福神・浅井比売命(産土神)・龍神。の四柱の神様を御祀りしています。
市杵島比売命は(別名:弁財天・宗像大神)天照大神のお子様で古事記によると海上、陸上の道をお開きになられた交通安全・開運厄除の神様とされています。
また、弁財天は『慈愛』『財施』『安心』のご利益が信仰されています。
宇賀福神は、五穀豊穣・商売繁盛の神様として広く信仰をあつめています。
またこの本殿は今から450年前、豊臣秀吉が寄進しました伏見桃山城の束力使殿を移転したものだそうです。
竹生島神社から竹生島宝厳寺へ
一本の廊下で繋がっています。
神社での参拝を終えて左手に進むと、歴史ある廊下を通り竹生島宝厳寺へ向かえます。途中には千手千眼観世音菩薩さまが祭られています。
竹生島宝厳寺
社史によれば神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりだそうです。
また、豊臣秀吉との関係も強く、多くの書状、多くの宝物が寄贈されています。慶長七年(1602年)には、太閤の遺命により、秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺稿である観音堂や唐門などを移築させています。

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